Takaorthology

2010年4月 9日 金曜日

歯顔 ---スマイル・歯の見え方など--- 京都/矯正

本題に入る前に、最初にとてもおもしろい記事を紹介します。これは俳優の長塚京三さんが日本経済新聞の夕刊のプロムナードというコーナーに2006年に寄稿されていたものです。とてもいい文章でスクラップしておいたのですが、こんな形で使わせていただくとは思ってもいませんでした。


↓「破顔」 長塚京三 (2006年3月16日(木)日経夕刊 プロムナードより全文引用)

バート・ランカスターという役者がいた。

だいぶ前に鬼籍に入ったが、頂点まで上りつめたひとである。晩年はイタリアの巨匠に気に入られて、意外にも文芸路線で活躍した。

私との初対面は、海外活劇シリーズであった。たぶん彼の映画デビューではなかったか。

思い切り小柄な相棒と凸凹コンビを組んで、帆船のマストからマストへロープで飛び移るといった、もっぱら曲芸技のあれこれで幼い私を楽しませてくれた。このひと、元々サーカス畑の出身である。

一件が落着すると、コンビは定番のギャグを応酬し合い、ふたりで大笑いして幕となるのだが、殊にランカスターの笑顔が「凄かった」。

歯の剥き出し具合が凄いのだ。まだ若く細面だったから、顔中が歯になった。破顔ならぬ「歯顔」だ。

多少不気味ではあったが、表情としては、革命的に新鮮だった。

やがて制作会社を興し、当時大スターのゲイリー・クーパーを主役に招いて自分は悪役に回り、西部劇を作った。『ヴェラクルス』

無論、最後の対決ではクーパーにハナを持たせて勝ちを譲るが、バート先生、斃れる前にしっかりと「歯顔」を披露したのだ。

海洋シリーズ以来の贔屓であった私は、飛び上がって快哉を叫んだ。「勝負には負けたが歯で勝った」

最近私の身辺にも、この手の歯顔(造語失礼)がめっきり増えたように思うのだが、気のせいだろうか。

まあ、時流には逆らえない。美意識だって自ずと変遷するのだろう。突如巷に溢れ出した「歯顔」に、何かウラがあるとしても深く詮索はしない。

一つ言えるのは、遂に我が国でも、歯は臓器扱いから目鼻立ち扱いに昇格したということか。

海の向こうでは古くから、歯は舌と連携して、正しい発音に欠くことのできぬ機能を担ってきた。また彼らにとって笑顔は、人生の行方を左右するほどに重要な、社交術の根幹だ。

日本はそうではなかった。歯と舌の連携などなくとも、日本語は十分話せる。試してみなくても結構。

それでなくとも、旧派の日本人は驚くほど寡黙だった。そして寡黙な人士は、めったに大口を開けて笑わぬものだ。

歯は笑顔という社交に寄与するより、もっぱら咀嚼の道具に徹していた。臓器扱いだった。

私は、精神構造は旧派だが、歯並びもそれに準じている。つまり、あまり歯顔向きではない。鬱々たる「笑顔コンプレックス」の青春時代に耐えて来た。

いまでも、カメラマンに笑顔を注文されると困惑する。どこのどいつが最初に「スマイル」などと言い出したのかと、八つ当たりしたくなる。

それでも仕事だから、笑わぬわけにはいかない。そんな時、「お前が笑ってくれるとホッとするよ」という母の一言を思い出す。それだけが頼みの綱だ。だから、私ももっぱら、そこにいない母に向かって歯顔することにした。

見違えるように治してみせると請け合う専門家もいるが、「取りあえず間に合ってます」と私は固辞する。「歯顔」はバート先生だけでいい。


↑「破顔」 長塚京三 (2006年3月16日(木)日経夕刊 プロムナードより全文引用)

優れた文章であると同時に、先見性が高いことにも感銘を受けました。ちょっと横道に逸れますが、バート・ランカスターというと、実在の鳥類学者を演じた『終身犯』という映画が印象に残っています。独房生活の中でずぶ濡れのスズメ(昔なので見分けておらず、今の自分の知識からいうと、ひょっとしたらカワラヒワかもです)を見つけ、世話をするうちに目覚めていくんですね。他には「山猫」という文芸作も見たことがありますが、長塚氏のように"破顔"という特徴で覚えている俳優さんではありませんでした。

さて本題ですが、長塚氏の文章を読むと、アメリカは昔から「歯顔」というものに国全体として取り組んできたようなところがあるなあと今更ながら感じます。同じ西洋でもあまり歯並びの良くない俳優さんが普通にTVに出ている英国とはちょっと違う。やはりハリウッドを初めとしたエンタテインメントとメディアへの露出がものをいう部分が大きいのでしょうね。アメリカン・アイドルやダンスアイドルなどを見ていると、専門家から見ても、どこにも非の打ち所のない完璧といっていい口元の審美性を備えた素人の子達が次々に出て来ます。

ちなみに向こうで売られている一般向けの歯科治療のガイドブックなどを取り寄せてみると、第1章がスマイル分析。日本のもので、ここまで踏み込んでいるのはないように思います。



軽く微笑んだ時の前歯の露出量が重要ということがまずあって、




上顎の歯の切縁を結んだラインをスマイルアークというのですが、これが少しカーブしながら、下口唇のラインと平行であるのがいいとされています。このカーブの部分がフラットになっていたり、逆カーブになるのは通常避けます。治し方は矯正で治すのか、補綴のベニアでやるのか、あるいは審美カンタリング(矯正治療でも治療の序盤から行うことがあります)で済ますのかなどなど、いろいろあります。



上顎の前歯のポジショングは矯正治療においても診断時に、微笑んだ時の露出量やスマイルアークを考慮して装置やメカニクスが決められます。ただし、そうしたポイントを売りにするのでなく、当然のこととして行い、バックグラウンドで治療の質・レベルを上げておくというスタンスです。

バックグラウンドでそうしたことを遂行しておくというのは、私も長塚氏と同じで精神構造は旧派なので、やたらスマイル!スマイル!というのは何か軽薄な感じがして好きでないので、こうやって治した患者さんが、どこかで「歯で勝った!」ということになってくれたら素晴らしいことだねという姿勢です。


投稿者 高尾 祝文 | コメント(0) | トラックバック(0)

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